Information


マリングッズの商品説明に関連し、
皆様には余りおなじみがないと思われる用語を
ちょっとだけ解説させていただきます。

ご覧になりたいインデックスをクリックして下さい。

Oセーラー人形 O国際信号旗 O数字旗 Oノット O八点鐘 O金属のお手入れ

Oネルソン提督 Oビクトリー号 Oブリタニア号


セーラー人形


マリングッズの定番、6人のセーラー人形の面々をご紹介します。


長い間親しまれてきたセーラー人形ですが、資源(木材)の確保が困難となり、職人さんの後継者が育たず、生産が終了してしまいました。
当店製品では、その形は、セーラー・キーホールダーセーラーマグネットセーラー耳かきなどに受け継がれています。

top of this page




flag

国際信号旗


船舶の信号発信用の国際信号旗はアルファベット26文字、数字10文字および代表旗4種の合計40種で構成されています(1969年国際法改定に準拠)。 ここではその中のアルファベット26文字に対応する信号旗(文字旗)とその意味をご紹介します。 尚、複数の文字旗を組み合わせて種々の信号を作ることもできます(例:UWご安航を祈る NC私は遭難している。直ちに援助が欲しい)

当店のマリングッズの中には、国際信号旗をデザインに取り入れた楽しい製品が多数ございます。
文字旗をデザインにした当店製品例:         


国際信号旗


各旗の読み方と意味を以下にご紹介します。

文字 読み方 旗 の 意 味
Alpha 私は潜水夫を下ろしている。微速で十分避けよ。
Bravo 私は危険物を荷役中または運送中である。
Charlie イエス(肯定または「直前の符字は肯定の意味に解されたい。」)
Delta 私を避けよ。私は操縦が困難である。
Echo 私は針路を右に変えている。
Foxtrot 私は操縦できない。私と通信せよ。
Golf 私は水先人が欲しい。私は揚網中である。
Hotel 水先人を乗せている。
India 私は針路を左に変えている。
Juliet 私は火災中で、危険貨物を積んでいる。十分避けよ。
Kilo 私はあなたと通信したい。
Lima あなたはすぐ停船されたい。
Mike 本船は停船している。行き足はない。
November ノー(否定または「直前の符字は否定の意味に解されたい」)
Oscar 人が海中に落ちた。
Papa 港内で、本船は出港しようとしている。全員帰船されたい。
洋上で、本船の漁網が障害物に引っかかっている。
Quebec 本船は健康である。検疫上の交通許可を求める。
Romeo (受信した)
Sierra 本船の機関は後進中である。
Tango 本船を避けよ。本船は2艘引きのトロールに従事中。
Uniform あなたは危険に向かっている。
Victor 私は援助が欲しい。
Whiskey 私は医療の援助が欲しい。
X-ray 実施を待て、そして私の信号に注意せよ。
Yankee 本船は走錨中である。
Zulu 私は引き船が欲しい。私は投網中である。

top of this page



number flag

数字旗


船舶の信号発信用の国際信号旗はアルファベット26文字、数字10文字および代表旗4種の合計40種で構成されています(1969年国際法改定に準拠)。 ここではその中の数字に対応する信号旗(数字旗)をご紹介します。

当店のマリングッズの中には、数字旗をデザインとした下記製品が御座います。

国際信号旗(数字旗)

 top of this page




ロープ結び(ノット)


ロープ結びは15世紀の大航海時代、大型帆船が登場して飛躍的に種類が増へ、その技法の大部分が完成したと言われています。 現代に至ってもヨットから大型客船まで、幾つかのロープ結びはセーラー必須の技術となっており、その大部分は大航海時代の覇者イギリスで生み出されたものといわれています。 

ロープ結びの結果できた結び目をノット(目)と呼んでいます。船の速度を表す単位として現代でもノットが一般的に使われていますが、これは9mごとに結び目(ノット)がつくられたロープを用いて、単位時間内(30秒間)に幾つのノットを通過したかを測定したことに由来しています。
(ちなみに速度のノットは、1ノット=1.852km=1海里です)

ロープ結びは海ばかりでなく、登山でも必須の技術ですし、キャンピングなどでも知っておくと大変役立つことがあります。


当店の製品の中には、この「ノット」をモチーフにした製品が幾つかあります。それぞれのページをご覧ください。


 

色々な結び方

ボーライン・ノット:

日本語ではもやい結びと呼ばれ、結びやすくかつ解きやすい、ロープ結びの王様です。もやい結びと呼ばれるのは船と船、船と岸壁の杭とを結ぶ、すなわち「もやう(舫う)」のに用いられたからです。 もやい結びは登山で自分の体を結ぶときにも用いられます。 憶えていて損の無い結び方です。


スクウェア・ノット:

本結びと呼ばれている結び方で、太さが同じロープをつなげる時に用いられます。結び方は簡単ですが一度締めるとしっかりと固定されます。

square knot


シート・ベンド:

一重つぎと呼ばれるロープ同志のつなぎ方の一種です(この場合ノットではなくベンド、すなわち結びつけるという意味の言葉が使われています。同様にヒッチ、すなわち引っ掛けるという意味の語が使われる結び方もあります。さらに2本のロープの端をほどいてその部分を繋げる方法も有ります。この種の結び方はスプライスと呼ばれます)シート・ベンドは太さの異なるロープをつなぐ時に良く用いられます。また釣り糸や紐(ひも)をつなぐ時にも使えます。

sheet bend


クラブ・ヒッチ:

巻き結びといわれる結び方で棒や立ち木にロープを結ぶ時にしばしば用いられます。

clove hitch

この場合、高さのある立ち木ではなく地面に突き刺さった杭などに巻く場合は、下図のように輪を二つ作って重ね合せ、杭の上から輪を通してやれば簡単に出来上がります。

clove hitch


以上のほか、まだまだ沢山の結び方があります。


top of this page


chime bell (ship's bell)

八点鐘(シップ・ベル)


八点鐘の起源は砂時計に遡ります。砂時計は時間の区切りを測定するのに適していますが、ことに船上で日々のルーチン・ワークを規則正しく遂行するのに重宝されていました。
コロンブスはその航海において、砂時計を有効利用していたことが知られています。記録によると彼の船でのワッチ(見張り番)は、近年と同じ4時間単位に行われていました。ワッチの時間は操舵手が、彼のそばに置かれた30分砂時計によって計っていました。操舵手は30分経過する度にシップベル(船鈴=八点鐘)を鳴らし、ワッチの担当者やその他のクルーに時刻を知らせていました。その方法は最初の30分が経過したときに一つ、次の30分が経過したときに二つと言う具合に鳴らし、ワッチの終了する4時間後には丁度8回のベルを鳴らすというものでした。シップベルが日本語で八点鐘と呼ばれるのはそのためです。参考までに各ワッチは次の様に呼ばれていました:

イビニング・ワッチ(ファースト・ワッチ) 午後8時から午前零時
ミドル(ミッド)ワッチ 午前零時から4時
モーニング・ワッチ 午前4時から8時
フォアヌーン・ワッチ 午前8時から正午
アフタヌーン・ワッチ 正午から午後4時
ファースト・ドッグ・ワッチ 午後4時から午後6時
セカンド・ドッグ・ワッチ 午後6時から午後8時

注)ワッチは英語の「ウォッチ」のことですが、海の慣例にしたがって「ワッチ」と言います。


最後のドッグ・ワッチは必要に応じシフト数が奇数(7回)になるように2分割され、2時間単位になることもありました。意図的にずらすことによって、特定の人が夜中ばかり担当するという不公平が無いように考慮されていたのです。砂時計と八点鐘の組み合わせは、19世紀に米国で機械式の八点鐘時計が発明されるまで、世界の船で広く用いられました。

当店の製品の中にも、この八点鐘に関連するグッズが有ります。

top of this page


スイング灰皿 金属のお手入れ

多くのマリングッズには真ちゅう(真鍮)が使用されています。真鍮はその輝きが美しく、また鉄のように錆がこないことから、昔から船具・船内備品/什器に良く用いられてきました。しかしながらよく磨かれた真鍮は指紋などの汚れがつきやすく、また長い間使用していると光沢が失われてくるため、手入れに手間がかかるという欠点も有ります。
当店の製品にも真鍮で作られたものが多数有りますが、そのお取り扱いとお手入れは下記のようにお願いいたします。

  1. 極力指紋など油汚れがつかないようにお取り扱いください。
  2. 汚れがついた時は直ちに柔らかい布で拭き取って下さい。
  3. 汚れが落ちにくい時は柔らかい布に金属磨きを少しつけ、軽く拭いて下さい。なお一部の真鍮製品はその表面がラッカーで保護されています。この場合は金属磨きを使用しないで下さい(注意書きに従って下さい)。
  4. 金属磨きは東急ハンズや金物屋さんに売っています。真鍮用・銀用など素材別のものでも結構ですが、万能として ピカール金属磨 という製品がオススメです(ただし金や銀のメッキものには不向きです)。金属磨きで磨けば、汚れた真鍮もピカピカに仕上がり、もとの美しさがよみがえります。


マリングッズの中にはペンダントのように銀を使用した製品も有ります。銀製品も空気に触れると酸化して黒ずんできますが、前述のお手入れ方法に従って磨いていただければ、元どおりの美しさがいつまでも保てます。

top of this page



ネルソン提督


出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

生誕 イギリス・ノーフォーク州
死没地 スペイン・トラファルガー岬沖
忠誠 大英帝国海軍
軍歴 1778年 - 1805年
階級 提督
部隊 地中海艦隊司令官
戦闘 トラファルガーの海戦他
賞罰 叙勲多数

ホレーショ・ネルソン(Horatio Nelson, 1758年9月29日 - 1805年10月21日)は、アメリカ独立戦争、ナポレオン戦争などで活躍したイギリス海軍提督。トラファルガー海戦でフランス・スペイン連合艦隊を破り、ナポレオンによる制海権獲得・英本土侵攻を阻止したが、それと引き換えに自身は戦死した。

生涯
ノーフォーク州バーナム・ソープ村の教区牧師の第六子として生まれた。母方の叔父のモリス・サクリングが海軍の軍人であった。ウォルポールとも遠縁にあたる。12歳の時(1770年)、父が病床にあり家計が逼迫していたこともあって、戦列艦の艦長だった叔父を頼って海軍に入り、北洋探検航海などに参加した。1774年から東インド方面に勤務するが、マラリアにかかって帰国する。

1777年海尉昇進試験に合格。翌1778年には海尉艦長として初めての指揮艦を得る。1779年に21歳で勅任艦長となる。1784年、最先任艦長(副司令官格)として小アンティル諸島の鎮守府に赴任。独立後間もなかったアメリカ商船の取り扱いなどをめぐって、現地の上官や農場主たちとの間で摩擦を起こす。1787年、西インド諸島のネヴィス島で知り合った、未亡人フランシス・ニズベットと結婚。

1793年、フランス革命戦争の勃発により、戦列艦アガメムノンの艦長に任ぜられ、地中海方面に展開。10月にフランス艦との戦闘を初めて経験する。1794年、コルシカ島で陸上戦闘を指揮し、カルヴィ攻略戦で右目の視力を失った。

1796年、新任の地中海艦隊司令官ジョン・ジャーヴィスのもとで戦隊司令官に任ぜられる。1797年、サン・ヴィセンテ岬沖の海戦に参加。後方の戦列を担っていたが、艦隊司令官の命令を無視して逃走するスペイン艦隊へ突入、激しい砲火をまじえ、結果として2隻の敵艦を拿捕してみせた。この功績でバス勲爵士に叙せられ、青色艦隊少将へ昇進する。

同年、カナリア諸島のテネリフェ島の攻略に失敗する。戦闘で右腕を負傷し切断。こうして片眼隻腕の提督となった。

1798年、地中海分遣艦隊を率いてツーロンで、エジプト遠征を企てるナポレオンのフランス艦隊の封鎖任務にあたるが、嵐をさけて寄港していた隙に仏艦隊の出港を許してしまう。その後も追跡を続けたが、フリゲートの不足などの悪条件もあって、結果的にナポレオンのエジプト上陸、アレキサンドリア入城を許すことになった。

しかし、アブキール湾停留中だったフランス艦隊を発見すると、浅瀬を背にして縦陣をしく当時としては万全とされていた防御姿勢をとる同艦隊に対して、自分の艦隊を艦と艦の間をすりぬけさせ、狭撃するという戦術でこれを撃滅してのけた(ナイルの海戦)。この海戦の敗退によって、フランス海軍には、ネルソン恐怖症が広がり、後にトラファルガーにまで引きずることになる。

これにより、ナポレオンはヨーロッパへの帰路を絶たれエジプトに孤立し、やがてその東方進出の野心は潰えることになる。ネルソンはこの戦功によって「ナイル及びパーナム・ソープのネルソン男爵」に叙せられる。

1801年青色艦隊中将に昇進。副司令官としてコペンハーゲンの海戦を指揮。あまりの激戦に司令官であるハイド・パーカーが 「戦闘中止」を命じた信号旗を、見えない右目に望遠鏡を当てて黙殺した逸話が有名だが、厳密にいうとこれは「必要なら戦闘中止せよ」の信号を、副司令官の ネルソンがその必要なしと各艦に転送しなかったということである。ともあれ、それほどの戦いを辛くも勝利し、彼は戦功によって子爵に叙せられる。

1803年地中海艦隊司令官。

1804年白色艦隊中将。

1805年トラファルガーの海戦。フランス・スペイン連合艦隊をトラファルガー岬沖に捕捉、二列の従陣で敵艦隊に接近戦を挑む、いわゆる「ネルソン・タッチ」で勝利をおさめる。

戦闘開始を告げ、兵士たちを鼓舞した"England expects that every man will do his duty"(英国は各員がその義務を全うすることを期待する)の信号旗は、現在も名文句として残る。ネルソン自身は"Nelson convinced that every man will do his duty "(ネルソンは各員がその義務を全うすることを確信する)としたかったのだが、続けて「接近戦を行え」の指示を送らなくてはならなかったので、信号士官の進言を受け、より少ない旗ですばやく信号をおくれる、「英国は〜期待する」の方を採用したものだった。

一方で連合艦隊のヴィルヌーブ提督も接近戦を狙うネルソンの意図は察しており、各艦に狙撃手を配置していた。ネルソン自身はその戦勝と引き換えに狙撃され、戦死する。旗艦ビクトリー号上で指揮を執るネルソンは4つの勲章(正確にはそれを模した布製のレプリカ)を胸にしており、狙撃をおそれた副官らからコートを羽織るように進言されても、「立派な行いでこれをもらったのだ、死ぬ時もこれをつけていたい」と退けた。

翌年、君主以外では初となる国葬としてセント・ポール大聖堂に葬られた。

現在でもネルソンはイギリスの英雄として称えられ続けており、ロンドンのトラファルガー広場中心にはネルソン記念柱が据えられている。


関連商品: 左メニューのカテゴリーから「ネルソン提督グッズ」をご覧ください。または、総合目次の「ネルソン提督グッズ」をご覧ください。

top of this page



HMSビクトリー号のモデルシップ

ビクトリー号


出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

ビクトリー号(−ごう、HMS. Victory)は、イギリス海軍の軍艦で、104門搭載の戦列艦。現存する唯一の戦列艦であるとともに、世界最古の現役艦でもある。

小型で機動力に優れた艦を好んだ18世紀当時のイギリス海軍では珍しい、100門以上搭載の一級戦列艦として受注された。建造途中に七年戦争が終結したこともあって、骨組みだけの状態で3年近くドックに放置されることになったが、1765年進水。

ジョン・ジャーヴィス、ホレイショ・ネルソンら、多くの提督の座乗艦となり、アメリカ独立戦争やナポレオン戦争のいくつかの重要な海戦で旗艦をつとめた。特にトラファルガー海戦では、フランス・スペイン連合艦隊の隊列に垂直に切り込む「ネルソンタッチ」の性質上、約30分にわたって敵艦隊からの集中砲火を浴びることになったが、連合艦隊の砲撃の稚拙にも助けられ、よく持ちこたえた。

1812年に退役。士官学校の練習船として用いられた後、1922年にポーツマス港に記念艦として展示されることになった。

形式上は、現在も提督旗を掲げる現役艦である。2005年10月21日には、王室関係者も臨席のもと、ネルソン没200年式典が執り行われた。


関連商品: 左メニューのカテゴリー「HMSビクトリー」をご覧ください。

top of this page



ブリタニア号トランプ

ブリタニア号


英国王室ヨットHMYブリタニアは1953年建造の5000トンクラスの王室専用ヨット(注)で、44年間にわたり、女王あるいはその一家を乗せて、計968回の公式航海を成し遂げた実績を誇っています。 

1994年6月、英国政府はブリタニアの引退を発表、1997年初めに香港の中国返還式に合わせて、英国プリマス港から最後の長期航海を実施。その航海の途中、東京晴海港や名古屋港に寄港しています。 1997年12月には、英国ポーツマス港の海軍基地において、女王陛下およびエジンバラ公ほかロイヤルファミリーの出席の下、盛大に解任式が執り行われました。

その4ヵ月後、英国各地からの引き合いの末、最終的にエジンバラにその身を落ち着けることになり、現在The Royal Britannia Trustという慈善団体が所有して、エジンバラのリース港において、往年の姿どおりに保管・メンテナンスされています。

(注)ヨットとはいえ、「帆船」ではありません。”ヨット”のもともとの定義は、「運行目的を持たない船、娯楽に供する船」で、この範疇ならエンジン付き船舶でも帆船(セールボート)でも、共にヨットと呼ばれます。 従ってブリタニアは、HMS(Her Majesty's Ship)ではなく、HMY(Her Majesty's Yacht)となっています。

英国王室ヨットブリタニア号(晴海ふ頭)
東京晴海のブリタニア

関連商品:商品一覧の左メニューのカテゴリー、「ブリタニア号グッズ」をご参照ください。または総合目次の「ブリタニア号グッズ」をご覧ください。



top of this page